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研究者とトークしよう! 第3回 微生物生態学者と対談【後編】

2021年09月11日

 研究者と手作り科学館 ExedraのスタッフがSNSのライブ配信を通じて対談する「研究者とトークしよう!」。おうちから気軽に、研究の世界や研究者の人となりに触れてほしいと思い、スタートした企画です。ここでは、対談の内容を文章でお届けしていきます。

  対談第3回目のゲストは、微生物生態学・海洋微生物学を専門とする中島悠さん。前編に続き研究のお話を伺った他、後編では今後の目標や研究分野に対する想いもお話しいただきました。配信アーカイブのご視聴はこちら

中島 悠さん

1989年4月京都生まれ、滋賀県育ち。漠然と微生物学・生命科学をやりたいと思い、九州大学農学部に進学。微生物学の中でも海洋微生物学に興味を持ち、卒業研究では様々な地域で採られた有害赤潮藻類のタンパク質の比較解析を行った。修士からは、より基礎研究かつ、細菌や古細菌の研究ができる環境である東京大学の大気海洋研究所に進学し、微生物型ロドプシンの研究に出会う。その後博士号を取得し、産業技術総合研究所では未知微生物の探索や環境サンプルも対象としたロドプシンの遺伝子解析を行った。2021年春から現職。趣味は水泳、バドミントン、読書や映画、紙幣貨幣コレクション(特にインフレ紙幣)。高校教員免許理科専修を保有。
Twitter ID: @nkjmu/個人Webページはこちら


”ロドプシン”に注目!

―現在、中島さんは“ロドプシン”を研究対象の1つにされていると伺ったのですが、ロドプシンってなんですか?

 様々な説明の仕方が可能ですが、ざっくりいうと、光を受けて何か機能する遺伝子(タンパク質)のひとつです。そういったものをまとめると、「光受容体」という言い方をします。動物の目にも、実はロドプシンがあります。センサーのように、眼に入った光を受けてタンパク質中の機能が発揮されます。

ロドプシンの機能を説明した図(中島さん提供画像)

 動物の目の中にあるのと同じ物ではありませんが、微生物中にもロドプシンがあります。光が当たると細胞膜の内側と外側のイオンを動かすことができるんです。例えば水素イオン(H+)やナトリウムイオン(Na)を外に運びだしたり、塩素イオン(Cl)を内側に取り込んだり…。光を受けて、細胞の外と中の物質のやり取りをする下準備として、イオン濃度を変えられるのが微生物中のロドプシンの機能です。

―ロドプシン、初めて聞きました。

 微生物が持つものは半世紀ほど前に初めて発見されました。それまでは、「光が当たってエネルギーを生み出す」=「光合成」と考えられていました。ロドプシンの機能は光合成に似て非なる、光を受けてイオンを動かしエネルギーを生み出せる非常にシンプルなシステムなんですね。本当にわずかではありますが、呼吸や光合成とは異なるシステムでエネルギーを得られることができるというのが興味深いところです。

 遺伝子解析技術の発達に伴い、幅広い海洋環境の多様な微生物がロドプシンを持っていることが徐々に分かってきて、どんどん研究が盛り上がってきています。

―中島さんはロドプシンの何を研究されているんでしょうか?

 ロドプシンの多様性や、それぞれの微生物が持つロドプシンの種類、それを用いた生存戦略を研究しています。もっとも使いやすいのは水素イオンですが、中には他のイオンも動かしているロドプシンも見つかっています。さらに、複数のイオンを動かすものもあり、その組み合わせも複数通りあるようです。ただ、なぜ水素イオン以外のイオンを動かす必要があるのか、複数のイオンを動かす能力を持っているのかはまったくわかっていません

ロドプシンによって動されるイオンは様々。その詳細は明らかになっていないことも多い(中島さん提供画像)

 また、深海や地下深くなど、光が全く当たらない場所にいる微生物が持つロドプシンがあることも明らかになっています。微生物の体の構造は、非常に簡略化されており、無駄なものをあまり持っていないだろうというのが基本的な考え方です。それにもかかわらず、一生涯で一回も光が当たらないかもしれない環境に生息しているのに、光を使って機能する遺伝子を持っているなんて不思議ですよね。 多様な微生物が自身の生存戦略のために持っているロドプシンは、生物という複雑なシステムに対してよりジェネラルな視点で考える上では魅力的な対象だと思っています。

微生物の生態のおもしろさを、より多くの人に

―ここまでのお話の中でも、中島さんの研究に対する熱意を感じましたが、改めて、ご自身が思う分野の魅力は何だと思いますか?

 僕が扱っているのは、大腸菌や納豆菌のように有名な細菌ではなく、非モデル生物(普遍的な生命現象の研究に用いられるモデル生物に対し、そうでないもの)というものです。フィールドワークをしながら非モデル生物を扱っているからこそ、いろんなサンプリングの機会を得ることができるのは、微生物の研究の中でも、我々の分野ならではではないかなと思います。

 また、地球上には膨大な数の微生物が生息していますが、名前のついた微生物はごくわずかです。様々な酵素や薬の開発など、微生物機能の利用はそのごくわずかな微生物の機能を用いておこなわれています。未知の微生物やその遺伝子、代謝機能を調べることはより新規の資源を得ることにもつながると考えられますし、地球生命・地球環境がどんなものであるのかという「像」を明らかにすることができます

―微生物研究の世界は海のように奥が深く、とても面白かったです。

 学校でも基本的に習わない部分なので、「細菌と微生物とプランクトンがわからない」という人は、やはり世間一般的には多くて。いろんな切り口から、微生物生態学の世界を知っていただけると嬉しいですね。

―中島さんは学生時代から積極的にアウトリーチ活動もされていましたが、忙しい研究と並行して活動を続けるのは、そういった思いからなのでしょうか?

 やはり「微生物って面白いんだよ!」と少しでも多くの人に感じて欲しいという気持ちは大きいです。昨今のコロナウイルスにも関連するかもしれませんが、細菌とかウイルスと聞くと、どうしても「病原体」のようなイメージがあるでしょうし、人に役立つというイメージでは「発酵」という現象も知られています。ある意味では非常に身近な存在ながら、漠然としたイメージでしか微生物が知られていないのでは?と思うことが多々あります。だから、「生態」という全く異なる分野があり、ワクワクするような微生物がいて、それがめぐりめぐって人類に何かしらの貢献をしているかもしれないということが少しでも広がれば、基礎研究している身として嬉しいなと思い、活動しています。

―では最後に、今後の研究生活における野望や目標を教えてください!

 まずはロドプシンの研究者の中で自分の確固たる位置というのを確立したいですね。「微生物のロドプシンのこれについてはこの人だよね」と認識してもらえるようになりたいです。そして、自分の研究分野や成果が教科書に載るなり、あるいは誰か学会の仲いい人たちと協力して本を書いたりしたいですね。ロドプシンなんて、高校の教科書にも大学の教科書に書いていない場合が多いので…。

 アウトリーチ活動のひとつとして、Twitter と個人ホームページで逐一発信はしていますが、やはり手の届く範囲は限られています。僕自身もそうだったように、本の影響力はすごく大きいと思います。なにかしら一般向けの書籍や雑誌、あるいは教科書や資料集のコラムでもいいので、そういうものにも携われると、もっといろんな人に微生物の面白さが伝わるんじゃないかなと思っています。自分の発見が載るように成果を出していきたいですね。

―ありがとうございました!今後のご活躍も楽しみにしております!


「海は手に届く距離にあるけれど、まだまだ分からないことがたくさんあるところにやりがいを感じる」と話してくれた中島さん。中島さんの名前を教科書で見つける日が今から楽しみですね!

【番外編】質問コーナー

対談中には視聴者の方々から多数の質問が寄せられました。その中からいくつかを紹介します。書ききれなかった他のQ&Aはぜひ配信のアーカイブをご覧ください!

Q. 後生細菌と細菌や古細菌との違いはなんですか?

A.
 後生細菌は古細菌の呼び方のひとつです。最近は後生細菌という言葉は基本的に使わない気がします。「古細菌」「細菌」と漢字では書きますが、僕自身はあんまりこの表現が好きではなくて…。あまり使わない人もいますね。
 塩湖や熱水噴出孔といったすごくしょっぱいところやすごく熱いところ、つまり原始的な地球に似た環境に生息していて、すべての生命の祖先である細菌に似ているが細菌ではない生き物ということで、古細菌と名付けられました。ただ、近年の遺伝子解析の結果から、細菌と古細菌と、われわれ真核生物を比べると、古細菌と真核生物が近い存在で、細菌がちょっと離れていることが分かりました。つまり、進化的にはあまり古くないということです。古細菌はアーキア、細菌は真正細菌(バクテリア)と区別する表現がありますが、あんまり使われないので…後生細菌というのも、もう基本的には使われないような気がしますね。

Q. 学生時代から積極的にアウトリーチ活動もおこなわれていますが、アウトリーチ活動の中で、印象に残っている出来事があれば教えてください。

A.
 学生時代、大学院生出張授業プロジェクト(BAP:大学院生が自分の母校に出かけ、高校生に研究の魅力を伝える”出張授業”を中心に活動している学生団体)の副代表を務めていました。その時にBAPが東大の総長賞をいただき、授賞式に参加しことと、BAPの活動とBAPcafeというサイエンスカフェの活動をそれぞれサイエンスコミュニケーションの和文誌に報告した(論文が掲載された)ことです。

Q. 今までの研究の中で印象に残っている出来事はありますか?

A. 
 ひとつは間違いなく博士号取得、学位授与式です。博士号を取って、黄門様の印籠じゃないですけど、研究してますよって言うと、いろんな所で立ち入りとかサンプリングの許可を頂けます。「持っててよかった博士号」みたいな(笑)