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研究者とトークしよう! 第1回 地球物理学者と対談【前編】

 研究者と手作り科学館 ExedraのスタッフがSNSのライブ配信機能を用いて対談する「研究者とトークしよう!」。お家から気軽に、研究の世界や研究者の人となりに触れてほしいと思い、新たにスタートした企画です。対談の内容を、アーカイブ動画とは別に、ここでは文章でお届けしていきます。

 第1回のゲストは、マントルを研究する地球物理学者の奥田善之さん。当日の魅力あふれるお話を、前・後編に分けてたっぷりとご紹介します!まずは、マントル研究の魅力や実験の裏側についてお話しいただいた前半をお届けします。 配信アーカイブのご視聴はこちら

奥田 善之さん
博士(理学)。地球物理学の分野でマントルを研究。2021年3月に東京工業大理学院地球惑星科学コース博士後期課程を修了、4月より東京大学理学系研究科地球惑星科学専攻 特別研究員。趣味はアウトリーチ活動、お寺巡り。Webページはこちら


まだまだ分からないことがいっぱい。
だから面白い!マントルの世界

―まずは、ご自身の研究について教えてください。

 僕は6年くらい、地球のマントルの研究をしています。
 地球というのは、割って断面を見てみると卵のような三層構造をしています。我々が住んでいるのは、卵の殻に当たる部分で、地殻と言います。そして白身の部分がマントル、真ん中にあって黄身の部分にあたるところをコアと言います。マントルは、地球の場合、岩石でできています。このマントルが僕の研究対象です。

 実は、人類は地面を掘り進んではいるものの、まだマントルの石を手に入れたことはないんです。なぜなら、地球内部は頭を抱えるほど圧力と温度が高くて、マントルにたどり着くことができないからなんです。だから僕たちは、実験室に疑似的なマントルを作って研究しています。ダイヤモンドアンビルセルという手のひらサイズの実験装置を使います。その中心に、天然の鉱物で最も硬いダイヤモンドを2つ設置し、マントルを構成する石を挟みます。それに超高圧をかけて潰して、レーザーを当てて加熱し温度を上げていきます。ちょっとぶっ飛んだ話ですよね(笑)

ダイヤモンドアンビルセル

―普段の生活からは想像がつかないスケールの話ですね。地球の内部はどのぐらいの圧力や温度なんでしょうか?

 例えば、地球の中心には根元から折ったスカイツリーを15個くらい手のひらで支えているような、想像を超えた圧力がかかっています。

―分かりやすいような、分からないような…(笑)

 大きすぎて形容しがたいんですよね…。温度はもう少し分かりやすくて、地球の中心で6,000℃くらい。これは太陽の表面温度と同じくらいです。まさに内部に太陽がいるような感じですね。それはドリルじゃ掘れないよね、と思いますよね(笑)

―奥田さんは、どんなきっかけがあって地球の内部の研究をすることになったんですか?

 僕は子どもの頃は、宇宙にしか興味がなかったんです。地球が大好き、マントルが大好きなんて子、なかなかいないですよね。もしいたら、ぜひ会いたいです(笑)。

 子どもの頃にアメリカに住んでいたことがあり、その時にNASAに遊びに行ったことがあって。かっこいいなぁ~って感動しました。高校を卒業するまでは、日本版NASAとも言われるJAXAに入って研究をしたいと思っていました。宇宙って、まだ全然分かっていないことがたくさんあるから楽しいじゃないですか。フロンティアと言われる、人類がまだ全然到達してないところに我々が行くんだと思うと、胸が高鳴りますよね

 でも、いざ夢をかなえるべく、大学で地球惑星科学科に入って勉強してみると、自分の足元、つまり地下にもまだまだわかっていないことが、意外にもたくさんあることが見えてきたんです。マントルまで掘れないから、全然調べられていないんですよね。空を見上げている場合ではないと感じ、まずは足元をしっかり掘り下げてみようと思って、大学4年生の頃から6年近くマントルの研究を続けています。

―「分からないから面白い」がきっかけで、自分が住んでいる地球のわかっていないことをから調べる、というストーリーはステキですね。

 学部生の頃に知ったマントルの色も、この研究を始めるきっかけになりました。マントルって岩石がドロドロに溶けた地獄のようなイメージを持つ方も多いと思うんですが、実際には固体なんです。ほとんど溶けていません。

 色もとても綺麗です。8月の誕生石であるペリドットという綺麗な緑色の鉱物がマントルの上部の多くを占めています。もっと深いところでは、化学組成(鉱物の原材料)はペリドットと一緒でも、結晶構造(原子の並び方)の違いだけで色が青色になっています。緑色になったり青色になったり、青色が茶色になったりするという色の変化は、ダイヤモンドアンビルセルを使った実験でならば肉眼で見ることもできますよ。徐々に色が変わるわけではありませんが、高圧をかけながらレーザー光線を入れるとそれに応じて色が変化するのが観察できます。入れたものの原材料は一緒なのに、原子の並びが変わるだけで色が変わるというのは魅力的に感じますね。マントルが緑色や青色をしているとは僕は思いもしなかったので、地面の下にも面白い世界が広がっているなあと興奮しました。

 僕の研究は高校生の頃に勉強した電磁気学、光学、熱力学の知識を丸ごと扱います。一番好きだった物理学を駆使して足元のフロンティアを探るのはとても楽しいです。

―以前、奥田さんがおっしゃっていた「この世は圧力と温度に支配されている」という言葉も興味深いなと思いました。

 日頃の生活の中で、温度は馴染み深い指標ですが圧力を目にすることや体感することはほとんどありません。冬に水が凍ることを疑問に思う人はいませんが、実は水は押すだけでも凍ります。水は温めるとやがて沸騰しますが、実は真空(低圧環境)に置いておくだけでも沸騰するんです。この世界の物質の状態は、温度だけではなく圧力にも支配されているんです。 地球の中も木星の中も、惑星内部というのは非常に圧力が高いので、その中の物質は人間の想像を遥かに超えた振る舞いをします。我々は普段地球の表面の姿しか見ることができませんが、圧力という軸を増やして、この宇宙に存在する物質の様々な姿を見る・知ることは、人類がこの世界をより深く理解する第一歩だと思っています。


ダイヤモンドを使った実験の裏側!

―研究で行われている、ダイヤモンドアンビルセルを使った実験について聞かせてください。  名前の通り、ダイヤモンドを使って実験するんですよね…!

 この、ダイヤモンドアンビルセルの真ん中にダイヤモンドがついています。キラキラしているダイヤモンドが見えるかと思います。

ダイヤモンドアンビルセルの中央部分に見えるのがダイヤモンド

 大きさは0.2~0.3カラットぐらいです。日本人が婚約指輪として贈る平均のダイヤモンドの大きさくらいですね。そのダイヤモンドを贅沢にも2個使って物質を捻り潰す、という実験を行っています。

―お話を聞いているだけでドキドキしますね(笑)

 やっている側はもっとドキドキしますよ(笑)。ダイヤモンドって高価なんですよ、実は(笑)。

―ちなみに、おいくらぐらい…?

 1個20万円ぐらいですね…。しかも、時々、実験中に割れてしまうんです。

 実は僕も割ったことがあって…。この実験をやっていると、だいたい皆一度は通る道です、ダイヤモンドを割ることは。 僕の場合、研究を始めて3年間ぐらいは割ったことがありませんでした。経験が浅い研究1年目に割ってしまう人が多いので、僕はこの実験に向いているのかも、と思っていたんですよね。でも、今も忘れぬ2018年2月9日に初めてダイヤを割ってしまいました。

―実験中に、「割れた」と分かるものなんですか?

 割れる音がするんです。「バンッ」という結構鈍い音がします。僕は初めてだったので、音を聞いても半信半疑だったんですが、周りの経験者たちは「これは割れたな」とざわついていました(笑)。 ダイヤモンドが割れると粉々になってしまうので、ダイヤモンドアンビルセルの後ろ側からダイヤモンドが見えなくなるんです。確認してみると、そこには何もありませんでした。そこで割ってしまったことを実感しました。

 もう丸1日、何も手につかないほどのショックでした。物の例えでもなく、ダイヤモンドとともに心も一緒に砕け散るんですよね。研究室の実験道具をダメにしてしまったことに対してもですが、せっかくマントルから作られた天然のダイヤモンドを僕が粉々にしてしまったと思うと、マントルやダイヤモンドに対しても申し訳なさがこみあげてきて…

 ダイヤモンドが数mm以上の大きさになるためには数千万年以上の時間がかかります。成長にかかる時間を考えるとなおさら、割ると大変地球に失礼だなって思ってしまいます。

―マントルを研究しているから、なおさらですね…。

 もう、本当にショックですよ…。 僕が所属している研究室では、ダイヤが割れると、割った本人とそのダイヤがかわいそうなのでみんなで慰労焼肉に行く文化がありました。ダイヤモンドを焼肉の煙で弔おうと(笑)。割った人に他のメンバーがご馳走してくれるんですが、ショックが大きくて全然喜べなくて。ただ、割った日がちょうど「肉の日」だったのでお肉をすこしサービスしてくれて、ちょっぴり癒されたのを覚えています。いい伝統ですよね(笑)。


意外な○○が研究を支えている!?

―そんな高圧実験で奥田さんが使っている、秘伝の技があると伺いましたが…!?

 実験するには、ダイヤモンドアンビルセルの中心にある、めちゃくちゃ細いダイヤモンドの先に、試料となる物質を手作業で置く必要があります。だいたい0.1 mmの場所にさらに小さい0.03 mmぐらいの大きさの試料を乗せないといけないんですよね。0.03 mmはだいたいスギ花粉ぐらいの大きさです。

 試料を乗せるのに、多くの人は針を使います。よく尖った針の先端に、静電気を使って花粉サイズの試料をくっつけ、顕微鏡で覗きながら慎重にダイヤモンドの先に乗せていきます。針の先は結構固いので、下手っぴだったり少し手に力が入ってしまったりしただけで、うっかり貴重な試料が割れちゃったりキズが付いてしまったりします。

 だから針の代わりに、僕の研究室ではまつ毛を使う人が結構います。僕はまつ毛派ですね。まつ毛の何がいいって、程よい弾力があり柔らかいため試料や穴を傷つけないんです。しかも、程よくしなやかで湾曲しているので、置く時に試料が見やすいんですよね。いろんな毛で試してみましたが、やっぱりまつ毛が一番便利です。実際に使ってみると分かると思います。僕の指導教官のまつげの方が試料を乗せるのにすごくいいまつ毛で。しなやかさと湾曲具合が絶妙なんです。学部4年生の時に、「まつ毛をください」と頭を下げに行ったことがあります(笑)。

―意外なものが実験を支えているんですね。奥田さんの裏話にもびっくりですが、視聴者の方から「細かいものを扱うのにまつ毛や髪の毛を使うの、あるあるだよね!」とコメントが複数寄せられていることにさらにびっくりしています(笑)

 みんな、何に使っているんだろう(笑)。ちなみに髪の毛よりまつ毛がおすすめですよ。実際に学会で「細かいものを扱うのにまつ毛がいい」という発表をされた方がいるそうですよ。つまり、まつ毛は学術的に(!?)認められた実験ツールといえるかもしれませんね。

―皆さん、ぜひまつ毛をご活用ください(笑)


「人間が生まれながらに持っている興味に真っ直ぐ向き合えるのが大きな魅力」と語ってくれた奥田さん。人間が到達しえない地球内部の世界や、実験の裏側をユーモアたっぷりにお話いただきました。後編に続きます!

【番外編】質問コーナー

対談中には視聴者の方々から多数の質問が寄せられました。その他のQ&Aはぜひ配信のアーカイブをご覧ください!

Q. 地球以外の岩石惑星にもマントルは存在するのでしょうか?

A.はい、必ず存在します。地球型惑星と呼ばれる惑星では、基本的に岩石でできたマントルがあります。一方で、木星のマントルと呼ばれている部分は、金属水素でできています。水素も押せば固まりますし、超高圧で押すと金属になるんですよ。面白いですよね。天王星と海王星のマントルは、氷やアンモニアでできています。何をマントルというかは惑星ごとに異なりますが、必ずマントルは存在します。惑星によってマントルの姿は違います

Q. 研究を続けてきて、大変だったことや苦労したことはありましたか?

A. たくさんありますが、そのうちの1つはせっかく執筆した論文を学術雑誌に掲載してほしいと投稿しても、繰り返し断られ突き返されたことです。論文は自分が長い時間を費やした研究の集大成ですが、その掲載が断られ続けるのは精神的に応えます(笑)。査読者(論文を評価する人)から頂いた修正コメントを淡々と論文に反映しては再提出することを5度繰り返し、ようやく受理された時は、思わず空を見上げ生きながらに成仏した感覚を味わいました。